金沢市:大乗寺

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概要・歴史・観光・見所
大乗寺(金沢市)概要: 大乗寺の創建は弘長元年(1261)、僧澄海が当時の加賀国の有力者富樫家尚の招きで大乗寺野々市村に一宇を設けたのが始まりと伝えられています。当初は真言宗の寺院でしたが、正応2年(1289)曹洞宗大本山永平寺(福井県永平寺町)第3世徹通義介禅師(、越前国出身の鎌倉時代中期の曹洞宗の高僧、永平寺中興の祖)が曹洞宗に改宗し改めて大乗寺を開山します。2世瑩山禅師は、四哲と呼ばれた明峰素哲、無涯智洪、峨山紹碩、壺菴至簡を輩出し永光寺羽咋市)、總持寺(現在の總持寺祖院輪島市)を開山しました。暦応3年(1340)に室町幕府初代将軍足利尊氏の祈願所になると歴代将軍の帰依や柏原天皇の勅願寺にも定められ加賀国最初の曹洞宗寺院として寺運は隆盛しました。戦国時代末期、富樫氏の衰退と共に寺勢は下降し、織田信長の加賀侵攻の際、家臣柴田勝家の兵火により多くの堂宇、寺宝、記録などが焼失しています。元禄10年(1697)、前田家家臣加藤重廉の庇護の下、木新保(現在の金沢市本町)に移転して再興、江戸時代に入ると加賀藩家老本多政均が庇護したことで現在地(金沢市本多町)に移転しています。その後は、本多家の歴代の祈願所として寺領200石が安堵され寺運も再び隆盛し月舟宗胡禅師や卍山道白禅師などの名僧を輩出し境内もその都度整備され現在見られる壮大な伽藍が完成しています。現在の大乗寺の境内は再建当時の仏殿や総門、山門、法堂などの古建築が並ぶ曹洞宗寺院建築の典型的な伽藍の配置が残され、三代嗣法書や仏果碧巌破関撃節、韶州曹渓山六祖師壇経、支那禅刹図式、羅漢供養講式稿本断簡などの寺宝も数多く所有しています。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦如来。

大乗寺の文化財
 ・ 仏殿−元禄15年−入母屋、こけら葺、方3間、一重裳層−国指定重要文化財
 ・ 三代嗣法書 −大乗寺3代に渡る古文書−国指定重要文化財
 ・ 仏果碧巌破関撃節(一夜碧巌集)−鎌倉時代−国指定重要文化財
 ・ 韶州曹渓山六祖師壇経(大乗寺本)−国指定重要文化財
 ・ 支那禅刹図式(寺伝五山十刹図)−国指定重要文化財
 ・ 羅漢供養講式稿本断簡 道元筆 −国指定重要文化財
 ・ 総門(黒門)−寛文5年−切妻、こけら葺、薬医門−石川県指定文化財
 ・ 山門(赤門)−江戸初期−入母屋、銅板葺、三間一戸、八脚楼門−県指定
 ・ 大乗寺法堂−元禄10年−入母屋、桟瓦葺、7×8間−石川県指定文化財

大乗寺
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