禄剛崎(能登半島)概要: 禄剛崎(ろっこうさき)は能登半島の先端に位置し昭和43年(1968)に指定された能登半島国定公園の代表的な景勝地の一つです。
日本海に突き出た位置関係や、標高約60m新第三紀中新世の泥岩層が海食により独特な景観を造りだした事から古くから日本海航路の目印や軍事的な要衝とされました。特に背後の山伏山 (標高:172m) には大化の改新の頃にはずでに烽火台が設置されていたとされ周辺には狼煙町、狼煙港、狼煙海岸などの地名が残っています。
山伏山は信仰の対象にもなり山頂には延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載されている須須神社(創建:天平勝宝年間749〜756年)が勧請され3月から9月に炊かれた献燈が灯台の役割を果たしました。江戸時代に入り海運が盛んになり海難事故が多発するようになると常夜灯が切望され宝暦6年(1756)には中腹の参道沿いに大燈明堂が建立されています。
江戸時代末期になると日本近海に度々外国船が出没するようになると、海上防衛の意識が高まり天保7年(1836年)には禄剛崎に砲台が築かれ遠見番所(海岸沖の見張り所)も設けられていたようです(詳細不詳)。
明治16年(1883)にはイギリス人技師の設計によって洋風の灯台(禄剛埼灯台)が設置され禄剛崎沖を航行する船舶の道しるべとなり歴史的にも重要な事から「日本の灯台50選」に選定されています。
又、禄剛崎の沿岸には千畳敷と呼ばれる海食台地が広がり、「海から昇る朝日」と「海に沈む夕日」が同じ場所から眺めることが出来、晴れた日は立山連峰や佐渡島を見渡せることから観光地にもなっています。
禄剛崎:上空画像
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