輪島市: 下時国家住宅

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概要・歴史・観光・見所
下時国家住宅(輪島市)概要: 平時忠は寿永4年(1185)の壇ノ浦の戦いで敗北すると捕縛され、能登半島に配流されました。平時忠は平清盛の継室である平時子の弟に当たる人物で生き残った平家の中では最高位に当たるとされています。壇ノ浦の戦いの際には三種の神器の1つ八咫鏡を守り、娘を源義経に嫁がせる事で死罪を免れ能登国に配流に減じられたとされ文治5年(1189)に当地で死去しています。時忠の跡を継いだ5男時国はこの地の土着し時国家を興し豪農として周辺に影響力を持つようになり、時国村を開村しています。江戸時代に入ると所領が天領(江戸時代初期は越中土方領)と加賀藩領が混在した為、寛永11年(1634)、13代藤佐衛門時保の代に上時国家と下時国家に分かれ、上時国家は天領南時国村の大庄屋(加賀藩領の時は十村役)となり、下時国家は加賀藩領西時国村肝煎りや塩吟味役、山廻役などを歴任しました。下時国家は村の上役を勤める一方で本業である農業の他、製塩業や廻船業などにも家業を広め豪商としての一面も持ちました。現在の下時国家住宅主屋は江戸時代中期に建てられたと推定される建物で、木造平屋建て(1部中2階)、入母屋造、茅葺、四面庇付、桁行24m(13間)、梁間14.7m(8間)、内部は正面向って左側が土間(庭)でその奥に台所、大広間(板間、囲炉裏付)があり、向って右側に式台付の玄関、御縁座敷、下段の間、中段の間、上段の間、その奥に仏間、大茶の間、納戸、前の部屋、中の部屋、奥の部屋が配されています。下時国家住宅は江戸時代中期に建てられた格式のい能登地方民家の代表例であるとして昭和38年(1963)に国指定重要文化財に指定されています。又、自然を生かした池泉回遊式庭園は平成13年(2001)に石川県指定名勝、下時国家古文書が昭和32年(1957)に輪島市指定文化財にそれぞれ指定されています。
下時国家住宅
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