輪島市黒島町・歴史・観光・見所

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輪島市・観光・見所
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概要・歴史・観光・見所
輪島市黒島町概要: 黒島集落は16世紀前半に釜ェ口集落の人々が七軒丁(現在の本町)に移り住み集落を形成したのが始まりとされます。当初は漁業を生業とする漁民が中心でしたが、16世紀後期になると廻船業が発生します。江戸時代に入り西廻り航路が開削されと周辺に北前船が来航するようになり、さらに総持寺が発展すると御用船の出入りが活発になり数多くの廻船業者が輩出しました。黒島には角海家、森岡屋、中屋、番匠屋、玉木屋といった船主となる廻船業者が発生し大阪や京都から北海道まで広く商売を広げ大きく発展します。黒島町の特徴としては町内に北前船が寄港出来る主要な港が無く、あくまでも廻船業者や船主、船頭、水夫達の居住地だった事で、物資の集積地や大きな商人町が発生しなくても、江戸時代初期から中期には150程度だった戸数も明治時代には500余戸となり大きく発展した事が分かります。明治時代中期になると、汽船や鉄道、道路網が整備され廻船業が急速に衰退しますが、黒島町では今までの操船技術を生かし近代船舶の船員に家業を転化した為、命脈を保ち昭和に入っても大きな衰退が見られませんでした。現在の黒島地区は江戸時代当時の町割りが非常に良く残り、切妻、桟瓦葺(黒の釉薬瓦)、外壁下見板張り、意匠の特徴として2階正面外壁の両端にある「袖壁」、1階正面下屋庇の軒先にある「サガリ」、同じく下屋庇を支える「持ち送り」、玄関扉である「大戸」、正面開口部の「格子」、「掛戸」という伝統的な船主住宅が連続した独特の町並みを残しています。特に計画された町では無い為、敷地形状に合わせて敷地割りがなされ、緩やか曲線の道や坂道、車が通れないような細い路地、建物の形態も妻入り、平入りが混在し独特の風情が感じられます。輪島市黒島町の中心部東西約680m、南北約1300m、面積約20.5ha、保存物件として建築物148件、工作物101件、環境物件21件は文部省が定めた重要伝統的建造物群保存地区選定基準である「伝統的建造物群及び地割がよく旧態を保持しているもの 」に該当するものとして平成21年(2009)に「輪島市黒島地区伝統的建造物群保存地区」として国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
輪島市黒島町
輪島市:黒島町
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