宝達志水町: 岡部家住宅

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概要・歴史・観光・見所
岡部家住宅(宝達志水町)概要: 岡部家住宅は案内板によると「 鎌倉幕府の御家人岡部六弥太忠澄の後裔と伝える豪族で藩政期には、2千石大寒御扶持人十村役に任ぜられた。住宅は、江戸時代中期の建築で藩主の御本陣にもあてられた。格式の高い十村屋敷の遺構を持つ内部には、当時の拝領品・遺品・古文書等が展示されている。」とあります。岡部家は源平の合戦の1つ「一の谷の戦い」で大功を挙げた「岡部六弥太忠澄」の後裔とされ、与えられた領地の1つ口能登(能登半島)に土着したと伝えられています。平家物語によると寿永3年(1184)の「一の谷の戦い」で忠澄は源義経の旗下に入り着陣、敵将である平忠度を苦戦しながらも討ち取る大功を挙げ、その後も源頼朝に従い奥州合戦や上洛にも従軍し有力御家人として重用されています。現在の主屋は元文元年(1736)に再建されたもので、木造平屋建、入母屋、茅葺(下屋庇は桟瓦葺)、平入、元禄7年(1694)以降は加賀藩の十村役となり、屋敷内には上役との接待の場や業務の場などが設けられ、嘉永6年(1853)には加賀藩13代藩主前田斎泰が能登地方巡視の際には本陣として宿泊で利用しています。岡部家住宅は建築年が明確で江戸時代中期に建てられた現存する数少ない豪農建築の遺構として貴重な事から昭和47年(1972)に石川県指定有形文化財に指定されています。

岡部家住宅:写真

岡部家住宅
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