寺町台寺院群(金沢城の城下町・寺町)・町並み

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寺町台寺院群(金沢城の城下町・寺町)
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【寺町台寺院群】−寺町が本格的に町割されたのは元和2年(1616)、加賀藩(石川県金沢市:本城−金沢城)3代藩主利常によるもので、金沢城下の街道筋の改変と、金沢城の防衛の点から城下全体が大きく見直されました。特に加賀藩は100万石という徳川将軍家に次ぐ石高で多くの家臣を擁した事から日本有数の大消費地として発展し、それに伴い社寺の存在も不可欠となりました。他藩と比べても社寺の数は圧倒的に多くこれを機に金沢城の北東方向の卯辰山山麓には鬼門鎮護を担った社寺、南北方向の寺町、野町には裏鬼門鎮護を担った社寺、金沢城の背後には藩主前田家縁の寺院を集めた小立野寺院群が改めて町割されました。1つの城下町に3つの寺町が計画される事は極めて珍しく当時の金沢城下の繁栄が窺える事象の1つです。又、戦国時代に加賀国(石川県)を席巻した一向宗(浄土真宗)の寺院は纏って城下に配する事を危惧し、城下周辺に個々に境内を構えさせています。

寺町には元和2年(1616)に同じく開削された野田道(野田往還)白山街道(鶴来街道)の街道口にあった為、金沢城下の防衛的な意味合いが強い一方、野田道は藩主前田家の菩提の埋葬地である野田山に通じていた為、鎮魂の意味合いもあったと思われます。その為、藩主自ら墓参や歴代当主への畏敬の念から街道筋は通常の街道よりも格式が高いものが採用され卯辰山山麓寺院群とは対象的に整然とした町並みとなっています。一方、野田道(野田往還)沿い以外の白山街道や、北国街道沿いの寺町は、地形に応じた配置が行われ、細い路地や複雑な町割が見られ風致に富んでいます。

現在でも寺町には雨宝院(高野山真言宗)、開禅寺(曹洞宗)、願念寺(真宗大谷派)、希翁院(曹洞宗)、玉泉寺(時宗)、玉龍寺(曹洞宗)、桂岩寺(曹洞宗)、月照寺(曹洞宗)、挙証寺(法華宗本門流)、堅正寺(真宗大谷派)、高岸寺(日蓮宗)、光専寺(真宗大谷派)、興徳寺(日蓮宗)、香林寺(曹洞宗)、極楽寺(浄土宗)、金剛寺(曹洞宗)、国泰寺(臨済宗)、三光寺(浄土宗)、実成寺(法華宗陣門流)、浄安寺(浄土宗)、成学寺(浄土宗)、松月寺(曹洞宗)、常松寺(曹洞宗)、常徳寺(真宗大谷派)、昌柳寺(本門仏立宗)、少林寺(臨済宗)、真長寺(高野山真言宗)、西方寺(天台真盛宗)、全昌寺(曹洞宗)、千手院(高野山真言宗)、善隆寺(日蓮宗)、大円寺(浄土宗)、大蓮寺(浄土宗)、長久寺(曹洞宗)、伏見寺(真言宗)、法光寺(日蓮宗)、宝勝寺(臨済宗)、本因寺(法華宗本門流)、本覚寺(顕本法華宗)、本性寺(法華宗真門流)、本是寺(日蓮宗)、本長寺(顕本法華宗)、本妙寺(法華宗真門流)、妙慶寺(浄土宗)、妙典寺(日蓮宗)、妙福寺(法華宗陣門流)、妙法寺(日蓮宗)、妙立寺(日蓮宗)、立像寺(日蓮宗)、龍雲寺(曹洞宗)、龍徳寺(曹洞宗)、龍渕寺(曹洞宗)、林幽寺(真宗大谷派)など70近い寺院(保存地区内には52カ寺)が軒を連ね、寺町・野町・弥生の各一部約22.0ヘクタールが名称「金沢市寺町台伝統的建造物群保存地区」として国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。又、名称「寺町台寺院群の鐘」として日本の音風景100選に選定されています。

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寺町台寺院群(金沢城の城下町・寺町)
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