金沢市: 前田家墓所(野田山)

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概要・歴史・観光・見所
前田家墓所(野田山)概要: 野田山(標高約175m)が前田家の歴代の墓所になったのは天正15年(1587)に加賀藩の藩祖である前田利家の実兄前田利久が埋葬されたことに始まります。慶長4年(1599)、利家も遺言により菩提寺である宝円寺で葬儀が行われた後に野田山に埋葬され、以来、前田一族の墓域となり歴代藩主と正室が埋葬され(4代光高と9代重靖は天徳院に葬られましたが昭和20年代に野田山に改葬)、その後は前田一族や加賀八家と呼ばれる大名級の重臣、家臣、町民などの墓も建てられるようになりました。墓は基本的に神式で塚の前には鳥居が建立され、塚には墓標が建ち周囲には柵が巡らされています。特に利家の墓が最大で1辺約19m(他の藩主は約16m程度)の土段に3段の階段状の土盛がなされ周囲を溝(堀)で囲むといった古墳時代の方墳のように見えるのが特徴の1つとなっています。面積は約66000uで歴代藩主や夫人、子女などの墓が約80基が建立され神式の墓域としては会津藩主松平家墓所に次ぐ規模です。藩政時代は墓守菩提寺として高徳山桃雲寺(前田利家の戒名「高徳院殿桃雲浄見大居士」に因み高徳山桃雲寺と号しました。)が墓域を管理していましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により管理職から離れ現在では成巽閣が管理をしています。加賀藩主前田家墓所(同時に富山県高岡市の前田利長墓所)は、全国でも最大級の規模と格式を備え、独特の形態や意匠が見られる大名墓域として大変貴重なことから平成21年(2009)に国指定史跡に指定されています。

前田家墓所(野田山):写真

前田家墓所
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