羽咋市: 永光寺

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概要・歴史・観光・見所
永光寺(羽咋市)概要: 洞谷山永光寺は石川県羽咋市酒井町に境内を構えている曹洞宗の寺院です。の創建は正和元年(1312)瑩山紹瑾和尚が当時の能登国中川の地頭海野信直の妻祖忍尼の招きにより開山したのが始まりと伝えられています。元亨3年(1323)、後醍醐天皇の勅願により道場として定められたことにより寺運が隆盛し最盛期には30余の堂宇、20余の支院を擁していました。特に南北朝時代に足利尊氏(室町幕府初代将軍)の発願した安国寺利生塔が当寺に置かれた事で能登国随一の禅寺としての地位を確立しました。

その後、応仁の乱の兵火により多くの堂宇、記録、寺宝などが焼失し一時衰退しましたが、能登国守護職となった畠山氏が再興、天正年間(1573〜1593年)の上杉謙信(関東管領、越後国守護職)の能登侵攻の兵火により再び衰退します。天正10年(1582)に新たに領主(七尾城の城主)となった前田利家により再興されましたが寺領は20石に留まり総持寺(現在の総持寺祖院)の末寺に組み込まれる形となりました。北陸三十三観音霊場第22番札所(札所本尊:聖観世音菩薩・御詠歌:八房の 梅ぞゆかしき永光寺 大悲の恵み 永久に伝えん)。能登観音霊場第5番札所。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦如来。

現在の永光寺の境内は正面に楼門(三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚2重楼門)を配置し、本堂(入母屋、桟瓦葺、平入、正面1間向拝付)、庫裡、書院、方丈、浴室、僧堂、東司、鐘楼を回廊で結ぶという「永光寺方式」と呼ばれる伽藍配置となっています(永光寺伽藍配置は羽咋市指定文化財)。永光寺には寺宝も多く鎌倉時代に瑩山紹瑾によって書かれたという洞谷山置文(附瑩山紹瑾所用木印)が国指定重要文化財に指定されています。

木造徹通義介坐像(室町時代作、像高104.5cm、桧材、寄木造、玉眼嵌入、下地布貼り、木造徹通義介坐像)、木造瑩山紹瑾坐像(室町時代作、像高112cm、桧材、寄木造、玉眼嵌入、下地布貼り、漆彩色)、木造明峰素哲坐像(室町時代作、像高109cm、桧材、寄木造、玉眼嵌入、下地布貼り、漆彩色)、木造峨山韶碩坐像(室町時代作、桧材、寄木造、玉眼嵌入、下地布貼り、漆彩色)、永光寺文書(巻子37巻:116通・1紙文書77通)・典籍類(56冊)が石川県指定文化財に指定されています(その他に羽咋市指定文化財に指定されてる仏像や絵画、工芸品、書跡、考古資料等多数所有しています)。

永光寺:写真

永光寺参道石段から見上げた山門
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永光寺参道アップ 永光寺参道から見た境内 永光寺山門に安置されている仁王像(阿像) 永光寺山門に安置されている仁王像(吽像)
永光寺境内から見た本堂正面 永光寺境内にある松と庫裏 永光寺の境内に建立されてる太鼓堂 永光寺伽藍


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