志賀町: 平家住宅

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概要・歴史・観光・見所
平家住宅(志賀町)概要: 平家は倶利伽羅峠の戦いで木曾義仲(木曽源氏棟梁:源義仲)に敗れた平家の総大将平維盛の重臣だった平式部太夫の後裔とされる家柄です。その後、この地に土着し土豪となり、室町時代には能登国守護職の畠山氏に見出され家臣となります。天正5年(1577)、畠山氏の居城七尾城が上杉謙信の手によって落城すると平家の居城である平式部館も上杉勢の攻撃により落城しています。江戸時代に入ると幕府の天領13ヵ村を預かる大庄屋となり周辺に聞こえる豪農となり、現在も総面積が6000坪余の広大な屋敷を有しています。庭園は江戸時代の前期から随時作庭された名園で貴重な事から約750uが昭和53年(1978)に石川県指定名勝に指定されています。平家が所有していた土地は土方領→天領→鳥居領→天領→加賀藩と複雑に変遷した特異な土地柄で、その時代時代に記された古文書がその領内経営が判る貴重な資料として価値が高く、昭和57年(1982)に石川県指定文化財に指定されています。

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平家住宅
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