金沢市: 全性寺

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概要・歴史・観光・見所
全性寺(金沢市)概要: 全性寺の創建は大永2年(1522)、日仁上人(妙泰寺:南越前町脇本の住職)によって開かれたのが始まりと伝えられています。当初は越中放生津(富山県射水市)にありましたが、前田利長(前田利家の嫡男、加賀藩初代藩主)が領主時代に庇護になった為、利長の移封先である越中富山(富山県富山市)、越中守山(富山県高岡市)に従い、天明6年(1786)に現在地に境内を移しています。前田重教(前田家10代、加賀藩9代藩主)の生母である実成院(第5代藩主前田吉徳の側室)が篤く帰依し、宝暦3年(1753)に重教の次期藩主が定められると重教の守本尊である不動明王像を寄進しています(安産祈願の為に寄進したとも)。重教は第5代藩主前田吉徳の7男で加賀八家の村井家になる予定だった為、本来加賀藩主を相続する立場にありませんでしたが、兄である宗辰、重煕、重靖が藩主に就任したものの悉く早死にし子供にも恵まれなかった為、重教は村井家の養子を解消し9代藩主に就任しました。正面の山門は18世紀後半に建てられたと推定されている建物で、三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚楼門、2層目には高欄が廻り、楼門全体がベンガラで彩色されています。下層部の左右には仁王像を安置し、健康と健脚を願って多くのわらじが奉納され楼門が赤い又は仁王像が赤いところから「赤門」や「赤門寺」などの別称があります。この事は明治時代後期から昭和初期にかけて小説家として活躍した泉鏡花が書いた「夫人利生記」にも記載され広く知られていたと思われます。泉鏡花は金沢市出身で「摩耶夫人」を帰依し、母方の菩提寺である全性寺に摩耶夫人像が安置されている事から作品の舞台になったと思われます(鏡花が10歳の時に母親が死去した為、母親と摩耶夫人を重ね合わせたとも)。全性寺山門は金沢市内に残る数少ない寺院楼門建築の遺構として貴重ことから平成16年(2004)に金沢市指定文化財(有形文化財・建造物)に指定されています。又、境内周辺は江戸時代の寺町の雰囲気が色濃い町並みが残されており、名称「卯辰山山麓寺院群」として国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。宗派:日蓮宗。本尊:十界大曼荼羅。

全性寺:写真

全性寺
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