七尾市: 能登国分寺

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概要・歴史・観光・見所
能登国分寺(七尾市)概要: 能登国分寺は奈良時代の天平13年(741)に聖武天皇(第45代天皇・在位:神亀元年724年〜天平勝宝元年749年)が国分寺建立の命を発してから約100年後の承和10年(843)に建てられたました。能登国は天平宝字元年(757)に越中国から分立している為、86年間国分寺が無かった、又は他の寺院が見たてられていたのかも知れません。承和10年(843)の創建に際しても、新たに堂宇が造営されたのでは無く、白鳳時代(天武〜持統朝から平城京遷都まで:673〜710年)末期に能登臣一族によって建てられた大興寺が金光明四天王護国之寺として国分寺に昇格し僧侶10人、寺料5千束が安堵されました(続日本後紀)。能登国分寺は伽藍配置は法起寺式で、境内は南北約209m、東西約184m、中門、金堂(桁行5間、梁間4間)、五重塔、講堂、回廊などが順じ増築され当地方の中心寺院として繁栄し、記録的には元慶6年(882)に台風により大きな被害を受けた事が。中世に入り朝廷の権力低下と共に衰微しましたが室町時代に入り守護となった畠山義総が能登国分寺の荒廃を憂い再興、しかし、天正5年(1577)に上杉謙信の能登侵攻の戦火により焼失し廃寺となりました。現在は南門が復元されるなど能登国分寺公園として整備され46,238u(1万4千坪)が名称「能登国分寺跡 附建物群跡」として昭和49年(1974)に国指定史跡に指定されています。

能登国分寺:写真

能登国分寺
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